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電線未来のはなし 石山蓮華×井上治

今、世界各国で気候変動問題への取り組みが進んでいます。日本の電線産業は、2050年カーボンニュートラルの実現にどのように関わるのでしょうか。電線愛好家の石山蓮華さんが、日本電線工業会 井上治会長にお話を聞きました。

石山 蓮華さん

1992年生まれ、電線愛好家・文筆家・俳優として多方面で活躍。
趣味は電線の写真を撮ること、短歌を詠むこと。

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井上 治会長

日本電線工業会 第 51 代会長(住友電気工業株式会社 社長)
日本電線工業会の会員社は国内の電線製造会社のうち110社あまり。
明治時代から100年以上、日本の産業を支え続ける会員もいる。

石山今日は、温室効果ガス排出量を実質ゼロとする2050年カーボンニュートラルの実現に向けた電線の関わりをテーマにお話を聞かせてください。

井上世界で120以上の国と地域が取り組む活動に、日本の電線業界も積極的に貢献していかねばなりません。我々は、これまでも省エネルギーに取り組んできており、2013年度と比べてCO2排出量をおよそ3割削減し、更に削減すべく検討しているところです。
電線の導体である銅やアルミニウムなどの金属は、ほぼ100%再利用されているんですよ。
省エネルギーの例を紹介しますと、工場の屋根にアルミ缶を敷き詰めて断熱効果を高めたり、工場敷地の除草に草刈り機を使わず、放し飼いするヤギに食べてもらって動力を削減したり、いろいろな取り組みがあります。

石山おもしろいですね。カーボンニュートラルに向けた活動の広がりを感じます。

井上また、CO2排出量削減に向けて、送電ロスの少ない電線の開発が進んでいます。送電ロスを1%減らすだけで、発電所における燃料消費量をかなり抑制できるんです。

石山電線はとても色々なところで使われています。身近なもの全てに電線が使われていると言っても良いほどです。
CO2排出量を減らせる電線があることは、2050年の目標達成に向けた大きな力になると思います。電線の一ファンとして、うれしいお話です。

井上電線の導体を、銅からアルミニウムに変えると比重が3分の1になります。導電率が下がって太さは1.5倍になりますが、総重量は半分になります。自動車一台に使う電線はおよそ10kg~20kgですが、その重さが半分になると、当然、燃費が良くなります。また、ガソリンを使わない電気自動車の普及に向けて家庭向けの高速充電ケーブルの開発が進んでいます。

石山これですね。このケーブルの折曲げ試験の様子を見たことがあります。これも電線なんですね。私もそうですが、自動車を使う人は、自分が乗っている車の電線の導体が銅かアルミニウムなのか、まず知りません。けれど、知らないうちに身近な電線は進化しているのですね。

井上自動車用電線はワイヤハーネスと言います。一番初めに組み込まれ、内装材でおおわれてしまうため、一般ユーザーが自動車用ワイヤハーネスを目にする機会は稀です。

石山自動車用ワイヤハーネスは、細い電線がぎゅーっと詰まって、配線される部品に沿った形になっています。それが、生き物の神経や血管のように見えます。あんなにかっこいいものがボンネットから透けて見えないのはもったいない気持ちになります。

画像提供元:住友電装株式会社

井上そうですか(笑)
身近な電線と言えば、通信を支える光ファイバケーブルの話しをしましょう。例えば、最先端のデータセンターでは、数センチの通信ケーブル径の中に6912心の超多心の光ファイバケーブルが入っています。

石山以前、取材でデータセンターのケーブル配線を見たときには、細いケーブルがきれいに整頓されていて見ごたえがありました。

井上6912心の一本一本にコネクタを付けてあって、すごく大変なんですよ。

石山えーっ。6912心、全てにですか。

井上ええ。データセンターのコンピュータに全てつないであるんです。それから、データセンターはたいへん多くの電力が必要です。見合う電力量の供給にも応えることで、電線業界は社会に貢献できるものと思います。

石山電線業界の再生可能エネルギーへの貢献についても教えていただけますか。

井上風力発電が注目されていますが、現在、日本で初めての大型商業ベースの洋上風力発電所の建設が秋田県で進んでいます。洋上風力には着床式と浮体式の二方式があり、風車を浮島に設置する浮体式で使うダイナミックケーブルの開発を行っています。また風力発電の適地は、主に、北海道や東北地域にあり、首都圏などの需要地への供給のため、直流送電による電力系統整備が進められることになっています。海底ケーブルの需要も増える見込みで、最適なルート選定のために布設ルートの海底の地形を調べたり、船の錨が届く水深が浅い海域では、海底の土砂でケーブルを埋めるなどの工法を検討しています。

石山海底ケーブルは、漁業に関わる人たちや海図の調査など、たくさんの情報から選ばれた、ベストなルートを通っているのですね。一度海底におろした後は、どのように点検や修理をするのでしょうか。

井上埋めた土砂が潮で流されて、ケーブルがむき出しになれば、埋め戻す作業を行います。その判断は、水中ロボットのカメラを使い目視で点検する、あるいは、光ファイバなどのセンサーを電力ケーブルと共に布設しモニタリングするなどの方法で行います。

石山すごいですね!長さのあるケーブルを引き揚げなくともいいように、新しい技術を使っていくつも工夫しているんですね。

井上このように鉄線で電線を覆うことをがい装と言い、電線を防御する工夫をしています。それでも船の錨がひっかかり、ケーブルが切断され電気の供給が断たれてしまうことがあります。2〜3kmの距離でケーブルさえあれば、復旧工事は一日でできます。

石山がっしりとして、とても重いですね。街中で見るケーブルとはまったく違います。日本の海底ケーブルはいつから作られているんですか?

井上日本国内で製造された一番古い海底ケーブルは、1922年に愛媛県新居浜から沖合の四阪島にある銅の精錬所に電気を送るために、瀬戸内海に布設した海底ケーブルです。今でも、日本で一番多く海底ケーブルが必要とされる場所は瀬戸内海なんです。本土で発電した電力を瀬戸内海の島々へ送電するほうが安上がりだからです。今後、各地で風力発電や太陽光発電などのグリーンエネルギー化が進めば、その地域で使う電力が賄えるようになるかもしれません。

石山海底ケーブルは、どのように海底へおろすのでしょうか。

井上海底ケーブルは、最長で100kmほどの長さで作ります。それ以上長くなると、布設船から海底面へ少しずつケーブルをおろす時、船がケーブルの重量に耐えられません。ですから、洋上でケーブルとケーブルをつなぐジョイント作業が必要となります。

石山海の上でケーブルをつなげるのは大変そうですね。

井上大変です。端末のがい装、銅テープを外し被覆材を剥がして、導体同士をつなぎます。洋上で被覆材を溶かして導体を覆い銅テープとがい装を巻く作業を行います。

石山波のある海の上で、そんな大掛かりな工事をしていたんですね。

井上台風の季節は作業ができません。高圧の海底ケーブルをつなぐ技術、ジョイント作業は特殊技能です。

石山プロフェッショナルが存在するのですね。海底ケーブルを布設する仕事をしたいと思ったら、どういう勉強をすればよいでしょうか。

井上ケーブルをつくる会社に入社して、製造工場でジョイント作業の経験を積み、洋上に出ることになります。

石山働きながら学んでいくのですね。海底ケーブルの布設に携わる人たちは、ケーブルにずっと関わってきたベテランであり、エースなのだと思いました。

井上その通りです。海底ケーブルに限らず、陸上においてもジョイント作業は重要です。再生可能エネルギープロジェクトのための新たな送電網構築に加えて、送電ケーブルの老朽化による更新需要に応えるためにも、ケーブルをジョイントする人、すなわちジョインターの訓練施設を作り、養成に取り組んでいます。
インフラに携わる者としていつも気にしていることは、技術力の承継です。日本では1970年代〜1980年代にかけて架空送電による大規模な幹線整備が行われ、多くのACSR需要がありました。それから40年、新しい幹線の建設がほとんどなく、ACSRを製造する会社は激減しました。日本の地形は山地が多く、山中をつなぐACSRの高度な製造技術や布設技術を後世へ伝える仕組みづくりが必要です。例えば、伊勢神宮は20年ごとの式年遷宮によって建設技術をつないできました。これは、人々の生活を支えるインフラ事業全てにおいて言えることで、技術力承継については、国の施策としても、よく考えていかなければならないと思います。

石山たとえば、洋服などの日用品なら、ずっと使い続けられる、長持ちして丈夫なのはとても良いことです。ただ、長く使うインフラに関わって働く人から見ると、自分たちの技術や仕事を続けるために考えなければならないことがあるのだと思いました。より良い未来に向けて生活を続けていくには、色々な立場からものを見て、考え、工夫しなくてはいけないのだと教えていただきました。
知れば知るほど、電線は奥深いですね。一般の人が目にしたり、実際に触ったりする機会は少ないですが、この魅力をもっと知ってもらいたいです。

井上その通りです。電線は、現代社会の血管や神経に相当する重要な存在です。多くの方にその役割を知っていただくために設けた「11月18日は電線の日」は、2022年に創設5年の節目を迎えます。この機会に石山さんに電線アンバサダーになって、電線の周知活動をお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか?

石山とても光栄です!
大役をお任せいただきありがとうございます。
「電線の日」が制定された2018年ごろは、電線アンバサダーを勝手に自称していたので、こんな嬉しいことがあるんだなあと感激しています。
私は、SFアニメや特撮など物語の世界で表現された電線にかっこよさを感じ、電線をよく見るようになりました。現実の世界で電線が人々の生活にどのようにつながっているかを知り、考えれば考えるほど、電線は街の神経と血管なのだと実感しています。
明治時代に始まった日本の電線たちが、カーボンニュートラル実現に向かう令和の時代にがんばっている様子を、たくさんの人に知ってもらえるよう、電線アンバサダーとしてがんばります!

井上ぜひ、よろしくお願いします。

※ACSR:鋼線(鋼鉄でできた線)のまわりにアルミ導体を組み合わせて、電線を強くした鋼芯アルミより電線のこと

INTERVIEW DATE:2022/2/18